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ロシア舞踏公演「舞踏ー大いなる魂」の現場より:11月20日

いよいよ公演日。舞台の現場は、出演の山本萌さん、白榊ケイさん、それに照明の曽我傑さん、音響の山本瑠衣さんにお任せである。これまでのロシア公演は、私が制作であったから、たえず現場に立ち会っていたが、今回は全体の進行は気にするものの、実際に関わるのは自分のパートだけでいい。少し気楽だ。

その分、国際交流基金の北川陽子さんが舞台上から舞台下まで、動き回ってくれている。大変な仕事である。北川さんは、私の場合とちがって公的な立場だから、私とはまたちがった使命で動いている。とにかくツアーは成功させねばならない。まあ、ツアーチームとしては小規模でなごやかで、さほどわがままな人もいないし、人間関係でも面倒はなく、それが救いかな。

今日は、劇場入りの時間も余裕がある。といって、公演のリハーサルと、それに國吉和子さんのレクチャーのための映像準備もしておかねばならない。

劇場入りした後、昨夜、ロシアに着いたばかりの國吉さんが、さらに発表原稿に手を入れ、通訳のゲルツェフさんと突き合わせている。さすがのゲルツェフさんも、「ゆる系」だの「キレル」だの今様の用語は理解しがたいよう。

そもそも、レクチャーの時間が決まらない。事前には、今日の進行は、土方の映像上映、レクチャー、そして舞踏公演ということであったが、昨日突然、ベーレグのリュドミラさんから、公演を先に行うべきとの意見が出てあわてることに。

われわれの考えでは、上映やレクチャーを公演の前座というのではないが、先に行い、トリとしての公演という順序だが、リュミエラさんはロシアではそれではいけないと強く主張されたとのこと。

郷に入っては、ということでリュドミラさんの考えに従うことにしたが、レクチャーの時間は2転3転する。レクチャーが先だと、たしかに公演の開始時間が遅くなる。レクチャーが最後ならば、関心のある人が残るから、時間的には余裕をもってできるということだ。日本の劇場であれば、終演が遅くなることは厳禁だが、ロシアでは緩やかだから、終演の時間が延びてもいいようだ。

公演がうまくいくのか、観客に喜ばれるのか、そもそも劇場の席が埋まるのか。いつも、当日になると、そのことが心の中を占めて落ち着かない気分にさせられる。私がやきもきしてもしようがないが、客の入りについては、リュドミラさんにお任せである。

これまで2回の舞踏公演でも、あの大きなミュージックホールに多くの客を集めてくれた。ロシア人が舞踏好きなのか、制作にあたる彼女の手腕が凄いのか、いずれにしろ、日本における舞踏状況では信じられないことだが、熱心な観客が広い客席を埋めて、ブラボーの声とともに大きな拍手を送ってくれる。

今回も、山本萌さんの写真を使って印象的なポスターや葉書を用意してくれていた。私には少しうるさいデザインに思われたが、それもサンクトペテルブルグの判断である。今回の心配があるとすれば、金沢舞踏館だけの出演で、時間的にも1時間ばかりで、大きな公演ではないということか。それでも、サンクトペテルブルグの観客が歓迎してくれるのかどうか。

舞台のことは任せている間に、ゲルツェフさんが郵便局に行くことを提案してくださった。少し歩くが、劇場から歩いていける郵便局があることがわかったよう。

というのも、サンクトペテルブルグ在住の人に出す郵便物を、日本から2通預かってきていた。日本からロシアへの郵送では不安ということで託されたのである。そこで、ゲルツェフさんに郵便局がないかと訊ねていた。しかし、郵便局がどこにあるのかわからないらしい。とにかく、郵便局がなくなりつつあるという。

われわれ日本人からすると、郵便局がないなんて、そんな馬鹿な、ということだが、事実みつからないのである。街角に郵便ポストもないようだ。

ということで、ようやく探していただいた郵便局に出かけることにした。繁華街をかなり歩いて、ここが郵便局、ということで郵便局の前に立ったら、悔しいことに郵便局は閉鎖されていた。たしかに、郵便局は消失しつつあるのだった。

次の手がなさそうなので、私も途方にくれるほかない。2通のうちの1通の宛先人は、偶然、ゲルツェフさんの知人という。月末に会うことになっているので手渡してくれるという。これは確実だ。もう1通。さてどうするか。

話は違うが、ゲルツェフさんのお嬢さんはオペラ歌手だと聞かされていた。日本でも舞台に立ったという。郵便局を探して歩いているときに、そのお嬢さんが出演するオペラのポスターが貼られていた。これが娘だ、というポスターを見ると、もちろんロシアの文字だが、大きな活字でお嬢さんの名前が書かれていた。サンクトペテルブルグでは、いやロシアでも名の知られたオペラ歌手なのだろう。

ゲルツェフさんとオペラ公演のポスター



山本萌さんたちのリハーサルが終わり、一息ついている間に、國吉さんのレクチャーで流す映像のテストを行った。本番は、ロシアのスタッフに頼めないので、山本瑠衣くんと私でDVDプレーヤーを操作することにした。日本のコンテンポラリーダンスについてのレクチャーということで、その記録映像をいくつかプロジェクションするのである。なんとかうまくいきそう。これで安心と、スクリーンを収納する。

もっとも、プロジェクターを準備するのが大変だった。なにしろ、プロジェクターは固定されておらず、観客席の上方にケーブルで宙づりするのである。位置を決める作業に手間取っていた。つまり、位置を決め安定させるまでプロジェクター本体が揺れているのである。

あとは開演を待つのみ。舞台の上は、薄暗い明りが落ちて静寂に包まれている。

「舞踏—大いなる魂」の案内はがき(サンクトペテルブルグ)



公演は午後7時開演。受付には、いつのまにか土方巽の布製の大きなバナーが吊り下げられている。開演までまだ時間があるが、次第に受付周辺があわただしくなる。リュドミラさんから、招待のチケットを渡される。自分たちの舞台を見るのだから、場内のどこでも、立ち見でもいいのだが、渡されたチケットは第2列中央のいい席である。

ロシアの劇場は、観客席の1列が長いというか、日本のように分けられていない。いつも思うのだが、これで指定席とすると、遅れてきて人がいるとたいへんである。大きな体のロシア人が狭い席の間を行くのに、席が中央寄りにあると、すでに席に着いている人も厄介である。それでも、あまり迷惑がらないようなのが不思議である。

ということで、早めに席に着いて開演を待つことにする。舞台には、上手と下手の奥、それに上手の手前に、白い紙が長く床まで垂れている。ちょうど、長い屏風が吊り下げられているように。私も上演作品「腹中のむし」は初めて見る。

客入れが始まる。場内が一気に賑やかになる。客入れ直前の緊張の時間も好きだが、観客が入ってきて賑やかになると、また期待がふくらむ感じがする。

もっとも、こちらは観客の入りが気になる。すでに席に着いているので、後ろを見回して様子をうかがう。客入りは順調のよう。それも、開演時間になっても、客入れが止まらない。受付で処理に手間取っているのか。いずれにしても、席は埋まりそう。この様子では、開演時間をすぎても幕が開かない、というか幕は開けられない。

客席から拍手が始まる。ロシアでは、開演時間が遅れるのは当たり前で慣れているというから、怒っての拍手というより、期待感の表れの拍手と思われる。開演時間をかなり過ぎても、入場者の列が続いている。もう一度、拍手が起こる。

ようやく幕が開く。実際には幕は開いているので、観客席の明かりが落とされる。

山本萌と白榊ケイが舞台に入ってきて、「腹中のむし」の開演である。

作品については詳しく書かないが、上演時間のわりには多彩な内容である。じっくりと踊る山本萌に対して、軽快にステップを踏むかのように舞台上を動く白榊ケイ。その対照が印象に残る。フィナーレでは、踊り終えた満足感からか陶然とした表情で、二人が何度もお辞儀をする。花束を手に舞台の上をスライディングする。観客も呼応するように、拍手が続きブラヴォーの声がとぶ。

今回もロシアの人たちに喜んでいただけたよう。立ち見も出るほど多くの観客が入ったとのこと。これでサンクトペテルブルグ公演は成功である。やはり、1回公演では惜しい。

少しブレークして上映とレクチャーに入る。上映の前に、私が舞台から挨拶をする。私は挨拶はなくてもいいと思うが、リュドミラさんはこういったことを大切にする。どうしても挨拶しろと言うのだ。もちろん、私も挨拶することが嫌いということでもない。今回で3度目の舞踏公演、いつも皆さんに温かく迎えていただいてありがとう、といったことを喋り、ゲルツェフさんが通訳してくれる。

上映は土方巽が出演している「肉体の叛乱」と「疱瘡譚」の2本。ただし、「疱瘡譚」は30分の短縮版の上映。それぞれ上映が終わると、拍手が起きる。「疱瘡譚」は全編上映をしたいところだが、時間がない。

つづいて、國吉和子さんのレクチャーに移る。この時で、すでに夜の9時半である。さすがに、観客も帰っていく。それでも、100人近くの観客が席に着いているのには驚いた。

限られた時間ながら、國吉さんの丁寧なレクチャーが行われる。もっとも通訳によるものなので、きちんとした日本語での表現による意味やニュアンスが十分に伝わるのかどうかは分からない。しかし、映像でも、現在の日本の若者たちのさまざまなダンスが紹介されて、日本のコンテンポラリーにも興味を抱いてくれるだろう。

長い1日が終わった。ベテランの味を出した山本萌さん、白榊ケイさん、それに制作の鈴木光子さんも満足だったろう。照明の曽我傑さんは、自分の仕事のことでは感情を表さないが、内心、まずまずうまく出来たというところだろうか。制作の北川さんも、とりあえず東京本部にいい報告ができそう。

もっともツアーは、まだまだこれから。ロシアの日々が続く。明日は、サンクトペテルブルグ2回目のワークショップが行われる。

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