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慶應義塾大学アート・センターのお知らせや、活動のレポートをお届けします


アーカイヴ利用者の声(2017年6月)

アーカイヴにお越しくださった方々から、ご感想やご意見をいただきご紹介しています。 6月はのべ21名の方々がアーカイヴを利用されました。 今回はイグナシオ・アドリアソラさんのご感想をご紹介いたします。




慶應義塾大学アートセンター瀧口修造アーカイブ利用者としての感想

 

このさきの5月下旬から約一ヶ月間、調査研究のために久しぶりに渡日いたしました。主な目的は私がいま手がけている戦後アートに関する研究書のための補足調査でした。以前からお世話になったことのある慶應義塾大学アートセンターでの調査もあり、数回もお訪ねしました。

執筆中の本では1960年代の視覚芸術を多ジャンルを渡って分析し、アートと政治性について横断的に議じております。ところで、戦後芸術界での中枢的な役割を果たした瀧口修造の批評と晩年、表現者として彼の活動についても芸術史の観点から書いておりますので、慶応アートセンターの瀧口修造アーカイブを参照とさせていただきました。

今回の調査で、主に戦後のアバンギャルドにおける写真の位置について調べました。瀧口が写真をどう思っていたのでしょうか。実はあまり関心がなかった、と普通言われていますが、資料を見ているうちに違う姿が徐々に浮かんできます。

瀧口アーカイブで様々な形で残っている資料を見せていただきました。例えば、 瀧口に送られた大辻清司や奈良原一高といったような著名な写真家からの書簡であったり、展覧会への招待状やパンフレットなど、さらに展覧会のチラシに瀧口自身が寄せた文章を読んでいるうち、戦後にだんだん活発化していた写真界への関心な姿が伺えます。これらの資料をすでに公開され、よく知られている戦前と戦後の瀧口による数少ないが非常に大事な写真論を展開する文章と一緒に合わせて考えると、異なるストーリーが見えてくるわけです。

視覚芸術やデザイン、映画など、目で見るものに対する常に興味を持ち続けた瀧口ですが、日本の戦後と高度経済成長期において急速に溢れつつあった視覚情報に対して、当然大変関心を持っていたでしょう。「影像人のことば」という断章的なエッセイを参照してみるとその考えがよく伺えます。

 

現代はこうしてイメージの時代になったように見える。

絵本は無限に繋殖し、さらに巨人化する。

夜の絵本、ひるの絵本、眠りと夢の絵本。イメージのメカニズムは、物質を浸透し、生命をのぞき、宇宙を探検する。

 

視覚情報を常に生産し消費する高度成長期の社会そのものが絵本に例えられるのですが、その文脈においてイメージの媒介としての写真が非常に大切な役割を果たしていたに違いありません。ところで、アーカイブで膨大な量の資料としての写真が残っています。 芸術・文芸雑誌のために取られたポートテレイト写真、海外旅行のスナップ写真、友達から送られた写真、自習のために集めただろう芸術作品の資料写真、そして日常的で「なんでもない」写真も数多く残っています。他人によるものもあれば瀧口によるスナップ写真もあります。これらを観ることで、いかにも写真がこの豊かなイメージ世界を構成し、瀧口にとって大事な存在だったこともわかります。

最後になりますが今度の調査に当たって、資料の紹介などで助けていただいたアーカイブのスタッフの皆様へ、そしてそのなかでも立ち会っていただいた森山氏、久保氏、山腰氏への私の感謝の気持ちをここで記したく思います。

 

Ignacio Adriasola, PhD
Assistant Professor
The University of British Columbia
Department of Art History, Visual Art and Theory

 

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