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【催事報告】「書斎、境界線の移動、または唯物論と信仰について」の余白に

 瀧口修造の書斎、あるいはそこにあるおびただしい「物」については「瀧口修造:夢の漂流物展」(世田谷美術館・富山県立近代美術館)にて瀧口の『余白に書く』(みすず書房、1966年)所収の「白紙の周辺」や「物々控」などの書斎に言及したテクストとともにひろく知られることとなった。
 現在、彼の書斎にあった——書斎は現存していない――絵画・版画やオブジェ等は富山県美術館(旧富山県立近代美術館)所蔵の「瀧口修造コレクション」でその多くを目にすることもできる。だが、その部屋の配置の変化に注目し、そこに瀧口の思考の布置の改変を「読む」試みは十分になされているとはいえなかった。書斎のある時点での配置をたどるには、たとえ書斎が現存していたとしても、写真などによる記録、あるいは記憶に基づいておこなうほかにない。そして、本展に出品された瀧口修造の書斎写真の年代は、アーカイヴでの資料整理作業のなかで、資料自体の持つ情報や参考文献などを参照しながら、より蓋然性の高い推定根拠を持つ年代を求めて、変化を繰り返す。本展での時系列も、あくまで暫定的に仮設されたものにすぎない。
 土屋誠一氏と久保仁志氏のトークでは、瀧口の書斎写真が議論の中心となった。土屋氏は、写真は一般的に人間の恣意的な選択によって成立していると考えられているが、むしろその恣意性は個人的な関心を反映させてしまうものであることを述べた。ヴァルター・ベンヤミンが写真論を書いた20世紀前半から、写真というメカニズムは視覚を外在化させた眼の代行をする機械と考えられてきたことにふれ、写真表現が先鋭化するなかで「無関心性」をどのように実現するのかが課題としてあったこと、そして瀧口の書斎写真においても「無関心性」が、撮影者の思惑を越えたディテールを持って前景化することを述べた。
 久保氏はそれに応じて、撮影者が意図した被写体はあきらかに瀧口修造が中心であるにもかかわらず、その背後にうごめいている「物」のほうがリアリティを持って現れてくると指摘した。本展カタログに久保氏が寄せた論考のなかで、さきほど記したようなアーカイヴにおける資料整理(写真とそれが映し出している対象)の問題にふれるとともに、雑誌『みづゑ』に「白紙の周辺」と併録された「フォト・インタビュー・瀧口修造」を分析し、そのひとつの「読み」を提示している。そこでは、瀧口の意識と無意識のパースペクティヴが折りたたまれた書斎が、瀧口自身の手によってあらたに紙面上にレイアウトされていることが示された。このトークでは「境界線の移動」(花田清輝「境界線の移動について」からの引用)がひとつのモチーフとして設定された。海と陸とが潮の満ち引きによってその境界線を移動させてゆくように、海は川として内陸まで入り組んでいるように、書斎の配置によって、また書斎をどの視点から見るかによって、書斎はまるで違った部屋であるかのように変化する。同様に、私たちは展示室内の書斎写真を介して、多角的な視点によって現れる複数の書斎を、折りたたまれた「物」たちのイメージを、それが何であるかを明確に名指すことの出来ない「物」の放つざわめきを体験するのである。
 瀧口は批評集『点』(みすず書房、1963年)の「あとがき」のなかで、ジャーナリスティックな美術批評を書くことへの疑問を自らに投げかけ、以降は『余白に書く』に収録されたテクスト群のような展覧会への序文などの少部数のもの、あるいは私信などのプライヴェートなもの以外の仕事が少なくなる。久保氏の述べたように、瀧口は一般性の度合いの高い仕事から特殊性のほうに力点を移動する。しかし、それは明確に切断された移動ではなく、まさに「境界線の移動」のように双方が入り組んだ力点の移動であった。それは土屋氏の指摘するような「一般大衆」への絶望がひとつの動機と考えることもできるだろう。だが『点』で「読者よ、今日は! そして、さようなら、また会いましょう」と宣言した瀧口は、その次の著書『余白に書く』では、個に向けられた言説のなかで「読者」との関係を問い直し、そこに希望を見たのではないだろうか。そのようなあらたな読者との関係を築こうと、その「境界線の移動」を試みた瀧口の営みに、積極的な価値を見いだすこともまた可能であるだろう。

山腰亮介|2018年3月28日

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