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【催事報告】《Para Vision Ten》とビデオ・テクノロジー

KUAC Cinematheque 2の関連トーク・イヴェント
《Para Vision Ten》とビデオ・テクノロジー」報告

長谷川紫穂(アート・センター 学芸員補)

今年で2回目となるアート・センターの映像展示、KUAC Cinemathequeの関連トーク・イヴェントとして、「《Para Vision Ten》とビデオ・テクノロジー」が2018年12月14日(金)に開催された。

ゲストにVIC代表の手塚一郎氏とビデオ作家の小林はくどう氏を迎え、VICが1977年から78年にかけて行った《Para Vision Ten》(沢野荘という1棟のアパート全部屋のテレビをケーブルで繋ぎ、アパート内だけで見られるCATVを毎日放送する試みの番組名。)の映像を出発点に、手塚氏・小林氏それぞれが向き合ったビデオというテクノロジーについて語られた。

《Para Vision Ten》をはじめるにあたり手塚氏は、マスコミに対抗するものとして当時ビデオを意識したという。「自分たちのメディアをもてる」ということは当時非常に画期的なことであり、自分たちの情報を発信する取り組みに着手した。手塚氏は、イデオロギーが対立し会話がままならない学生運動終盤期をICUの学生として過ごす中で、ビデオを介してなんとか「普通の」コミュニケーションがとれないかと模索したことを振り返るが、「理路整然と間違っていたと思う」と今の時点から過去を語る。また小林氏にとっても、当時新しいメディアとして登場したビデオを介したコミュニケーションのあり様は創作活動の起点となった。ビデオのもつ、その場で録画してその場で再生するという即時性と、撮ったものをその場で見るという現場から生まれる(噛み合わなさを含めた)人々のコミュニケーションに面白さを感じたという。

トーク中盤からは、ともにコミュニケーションのあり方に関心を持っていた両氏に対して、司会の久保氏が、手塚氏も当時感銘を受けたという詩人・入沢康夫の「言い換えないことは難しい。けれども言い換えないことをやりたい。」という言葉を引き合いに出しながら、言い換えることが根幹にあるコミュニケーションにおける、言い換えないことの難しさという問題を提起した。小林氏は、自身の作品《ラプス・コミュニケーション》(参加者は、アドリブ的なある動作をする作家自身の映像を一度だけ見て、その動作をビデオ・カメラの前で繰り返す。その映像を次の人が見て動作を模倣し、それを何人も連ねていく作品。)を引き合いに、言葉による言い換えやコミュニケーションだけでなく、身体的動作における言い換えを例示した。我々が言語や文化を習得していく上での「模倣」それ自体が、先にいる人物と同じことをしているようでそれぞれに差異や偏差を生んでいき、「言い換えること」は「編集することでもある」と議論が進んでいく中で、「ありのまま」という言葉は何気なく使われるが、「ありのまま」を伝える/が伝わるということは、実は大変に希少な(あるいはほぼあり得ない。例えば何かを理解しようと自身の中で咀嚼することも言い換えと捉えるならば。)ことであるように感じられたが、手塚氏が改めて指摘した「写真は簡単に嘘がつけるがビデオはその点において、言い換えないで(撮影した状況を編集しないで)見せる選択もできる存在である。」という話にはハッとさせられた。

ともに1972年にビデオと関わる活動を開始し、ビデオを使って何かコミュニケーションを行おうとしていた手塚氏と、創作活動の中にビデオを組み込んでいった小林氏、両者が当時感じていたことと現在振り返ってみることとして語られる言葉の中に、我々は改めてビデオのもっていた/もっている可能性について思いを巡らせる手がかりを見つけた。

左から小林はくどう、手塚一郎、久保仁志

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