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慶應義塾大学アート・センターのお知らせや、活動のレポートをお届けします


【催事報告】「写真上の部屋」――ドキュメントを撮るということ

日時:5月24日(金) 18時から20時
会場:慶應義塾大学アート・センター 2F
主催:慶應義塾大学アート・センター

【登壇者】
中嶋興(映像作家)
久山和宣(映像作家)
久保仁志(企画者)

【報告】(松澤宥と中嶋興の接点はなにか)
慶應義塾大学アート・センターにおいて、2019年3月25日-5月24日(金)まで、 展覧会「『プリーツ・マシーン』2 :中嶋興×松澤宥―写真上の部屋」が開催された。この関連トーク・イベントとして「「写真上の部屋」―ドキュメントを撮るということ」が5月24日に行われ、中嶋興と松澤宥の関係が主に焦点化された。

1969年、当時、写真家として活動していた中嶋興は、日本における概念芸術の先駆者とされる松澤宥の「ψ[プサイ]の間」へ赴き、泊りがけでおよそ1500枚におよぶ写真撮影を行った。「ψ[プサイ]の間」は、端的に言えば松澤の屋根裏部屋にあるアトリエ空間である*1。ここで注目すべきは、膨大な量の写真が撮られたということ、泊りがけで写真を撮るという非常に近しい距離で写真が撮られたということ(中嶋は風呂にも松澤と一緒に入って写真を撮っている)である。なぜ、このようなことになったのだろうか。本トークイベントでは、松澤宥と中嶋興の接点は何か、具体的に中嶋興のどの作品にどのような影響を与えているのか、という問題へ向かった。

中嶋興によれば、松澤宥の制作プロセスとコンセプトは自分のものとは全く違うという。中嶋の制作プロセスは例えビデオアートであれ物理的なモノとの関わりおよびそれに伴う創造が不可欠であり、そのコンセプトは人生や記憶を残すことである。だが、松澤の制作プロセスは、少し手を加えることで人の作品を自分の作品にしてしまうように、物理的なモノとの関わりからなるべく距離をとろうと試みるもので、そのコンセプトは「消滅」(あるいは作品の概念性を際立たせ物質性を脇へ追いやること)と考えられる。それゆえか、中嶋は、自分の対極にいると思われた、松澤宥という作家の記録を残さなくてはいけないと直観したのである。しかしながら、実際に、中嶋が「オブジェ*2を消せ」と言っていた松澤の「ψ[プサイ]の間」に入ってみると、様々な物や作品で溢れていたという。中嶋によれば、これはいったいどういうことか、松澤はどういう考え方をしているのかという問いが生じたと同時に、松澤と話をしながら記録に残さなくてはいけないという使命感に駆られたという。中嶋は松澤と話をすればするほど、把握するのが難しい人物だと明らかになり、かつ自分にとって鏡のような人間として把握され、創作意欲が湧いてきたそうである。そこで、中嶋は即興的に、松澤に密着しながら創作意欲に身を任せて、泊まりがけでコミュニケーションをとりながら写真を撮ることになったのである。これに関しては、久山によって、中嶋が松澤を膨大に写真として記録したことは、久山自身が中嶋と出会った時に中嶋に汲み尽くせなさを直観して中嶋のドキュメンタリーを撮り続けるようになったことと類比的に捉えられることが暗示された。

一方で、中嶋は、松澤の芸術表現に対する向き合い方には共感を示すことになる。中嶋によれば、松澤は、概念や観念や創造するものとは何かなどといった表現の問題を真剣に考えていたし、無線で海外と交信することで最新の情報を得るなどしていた。それゆえ、風景に見せる絵画など、当時は誰も思いつかなかったような作品を松澤は提示することができたのだ、と中嶋は解釈する。加えて、中嶋は、松澤のように芸術に向き合う姿勢をもった芸術家は他国にいないのではないかと指摘した。というのも、松澤は、美術館に所蔵され市場で高い値がつくことを目指す消費志向の作家ではないからである。松澤は、他人の作品のタイトルを変えて自分の作品に変えてしまうようなところからもわかるように、消滅のプロセスで見えてくる観念を重視しており、経済に回収されない消滅志向の作家だからである。要するに、中嶋が松澤に共感を示すのは、表現と創造という問題に関する哲学的な思索や思想といったものをベースとする創作態度の重要性が垣間見えるからであった。

最後に、中嶋自身が、どのような考えから創作に向かっているのか、いかに松澤に影響を受けたと言えるのかという問いに向かった。中嶋は、道教(タオイズム)からインスピレーションを得ながら、自分の作品全体が最終的には一つの作品となるように制作に励んでいるという。中嶋によれば、その中で記念碑的なものが《MY LIFE》というビデオ作品であるということで、このトーク・イベントでは、《MY LIFE》が上映された。この《MY LIFE》は一見すればホームビデオであるが、左側のフレームには死んでいく家族が、右側のフレームには生まれ成長していく家族が映されている作品である。中嶋によれば、この作品は記憶を残す形をとっている、言い換えれば生成変化を個体化するプロセスとして捉えているから、松澤とは対極にあるという。というのも、松澤の作品は、中嶋とは反対に、生成変化を消滅していくプロセスとして捉えているからである。しかしながら、中嶋が松澤を対極においているということは、中嶋が認めているところによれば、松澤から強く影響を受けているということなのである。

このトーク・イベントから、大まかに二つの論点が取り出せるだろう。
①一見すれば、松澤宥と中嶋興の芸術に対する姿勢は真逆に見えるが、両者が目指しているものは同一のものではないか。
トーク・イベントで、中嶋は「自分は松澤と対極にいる」ということを強調していたが、そこで久保は、両者の違いというのは、生成変化の起こる自然という同一の対象を、どのように語るのかということの違いであると指摘した。この久保の解釈に従えば、松澤は生成変化を消滅していくプロセスとして捉えているが、中嶋は生成変化を個体化するプロセスとして捉えていることになる。すなわち、生成変化の起こる自然という対象それ自体は、両者共々、一致していると言えるだろう。

②松澤宥は「オブジェを消せ」と言っていても、オブジェに依存せざるを得なかったのではないか。
本トーク・イベントでは、中嶋によって、松澤は「ψ[プサイ]の間」にてフォトジェニックな物に囲まれていたことが指摘された。そのことを受けて久保は、松澤のようにオブジェを消そうとすればするほど、コンセプトを支持するオブジェの支持体としての構造と物質性が露呈してくるように思えることを指摘した。この解釈を採用して言い換えれば、松澤はオブジェの全きを消し去りコンセプトのみを提示しようとした作家というより、逆にオブジェの構造と物質性を際立たせ、コンセプトとオブジェがどのように関わっているのかを問いかけていた作家であると言える。そうであるならば、松澤にとって「オブジェを消す」ということは、あるコンセプトを明確に際立たせるために、コンセプトと対となる形で生じるオブジェを出発点としながら、そこからいかに制作者の影と作品の物質性を消すのかということに向かっていたように見える。したがって、松澤の作品の制作において、コンセプトだけを提示する目的があろうともコンセプトを提示するためには、オブジェという物質に依存することも前提となっていたことになろう。

松澤宥は、近年、注目が再び集まり、再評価が進んでいるように思われる。どの人物でも言えることだが、どれほどアーカイヴ化を進めたとしても、出来事や人物像の全てを汲み尽くすことはできない。しかしながら、アーカイヴ構築にしたがって、ある意味の系を編成することはできる。今回のトークイベントは、具体的なエピソードから、松澤宥がどのような人物像であったのかを知ることにも、いかに他の作家(中嶋興)に影響を与えているのかを再考することにも、有意義なものとして機能したと思われる。松澤自身は概念芸術を掲げた後でも意外なことに物質に依存せざるを得なかった側面が見出された一方で、松澤がもつある種の自然観は中嶋興に影響を与えていた可能性が示唆されたのである。このトークイベントは、松澤宥の一端を知るにあたって、かつアーカイヴがなす意味の構築を体感するにあたって、貴重な機会を提供することとなっただろう。


*1 「隠者の庵かサディストの座敷牢を思わせる急な隠し階段を昇ってゆくと、そこは足の踏み場もないくらいに敷きつめられたり積み込まれたりした執念のオブジェたちの奥津城であった。天井の明り採りから落ちそうになっている諏訪の青空までが、死の静けさで成長している物の所在なさをねぎらっている様子で、この密室は別に呼び名がないらしいが、松沢氏の美術観の中核を表すギリシア文字のψ(プサイ)を取って、ψの間と読んでもいいということだった。」(加藤郁乎「松沢宥─メシアの自画像」『美術手帖』6月号、美術出版社、1969年、163頁)
*2 ここでのオブジェとは、第一には物質のこととして捉える。

文責;常深新平

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